原点回帰/手段と目的とこれからと(04/16/2023)

この2年、多くの出会いと別れを経験してきた。

 

それはすべて、私の糧になっていると今でも思う。

 

──────ただし、それだけではなかった。

 

 

恋愛をするたび、その相手に自分を合わせていく。そして別れるたび、自分が間違っていたことに気づく。そして気づくたび、自分の本当に在りたい姿が分からなくなっていく。そうやって分からなくなるたびに自分の恋愛観すらも路頭に迷っていく。

 

そしていつしか、手段は目的へと変わっていた。恋愛をすることで、自分の人生を含蓄のあるものにすることが本来の目的であった。それがいつの日からか、恋愛をするという行為をするために奔走するようになっていた。

 

 

恋愛論者が恋愛に呑まれるというのは、なんとも愚かなことだろうか。恋愛とは2人で愚かになることだ、なんて名言もあるが、一人で愚かになっているようじゃまだまだなのだろう。

 

 

恋愛論者として、もう一度、恋愛を見つめなおしてみたいと思う──────。

 

 

こんにちは。Keiです。

 

長いことブログを更新せず、なんと自堕落なのだろうと思いましたが、流石にそんな心境でもなかったので書けませんでした。とりあえず、色々とまとめて書いていこうと思います。

 

 

さて、皆様。恋愛、してますか。

恋愛といっても、様々な様態があると思います。まだ決まったパートナーがおらず、日々探す人もいれば、付き合い始めたばかりで、これからの関係性をどう築いていこうか考えている人もいるでしょう。また、もう長いこと付き合って、そろそろ人生の分岐点である「結婚」について考える人もいれば、結婚をして、これから先の長い人生に思いを馳せる人もいるでしょう。

広義的に捉えれば、それはすべて「恋愛をしている」状態だと私は思います。あまり意識をしたことがある人はいないでしょうがね。

 

 

その意識をしないことの重要性を、最近になってよく感じるようになってきました。

 

私は、私自身のことを恋愛論者だと思っています。

まあ、論者とは言っても、持論を誰かに押し付けることはしないですし、まだまだ自分の恋愛理論が確立している訳でもないですがね。

ただ、恋愛に対して「論」という観点からアプローチをしてみるという意味で「恋愛論者」だと思っています。

 

ですが最近、自分の中の恋愛に対する考え方、すなわち「論」がぐらぐらに揺らいでいます。

 

自分が恋愛論に興味を持ったのは中学生の頃でした。きっかけは一冊の本「世界の名言」でした。恐らく、このブログを書き始めた時に、その本に書かれていた名言を紹介していたと思います。その名言との出会いが、私の恋愛論人生の始まりでした。恋愛によって人生が豊かになるのなら、それを考える価値はあると、その当時から思うようになりました。

 

正直、中高は好きな人が1人でしたし、大学は新型コロナウイルス感染症の影響もあり、自分の恋愛論を磨く恋愛が出来ていたかというと、その限りではないのかもなと思います。もちろんそれはそれで楽しかったのは前提ですよ。

 

 

状況を大きく動かし始めたのは社会人(兼学生)になってからです。始まりは、職場の方に対して行った一つの告白と失恋。そこから、自分自身と恋愛論を磨き始めようと思いました。

(思い返すとブログ関連で大変失礼なことをしていたなとは思います。このブログを見ているかはわかりませんが、改めてごめんなさい。)

 

そして色々な方との出会いと別れを経験しながら恋愛論を磨き、自分磨きとしてダイエットを続け、今に至ります。そう思っていました。

 

 

ただ、2023/4/2。この日、自分の恋愛論を再度見直さなければならないと思う出来事がありました。

 

 

この日は、マッチングアプリで出会った人と会っていました。色々といきさつはあれども、その次の日は自宅ではない場所から出勤することになりました。

 

そして現状、その人に対してまだアタックを仕掛けているところです。それ自体は特段問題ではないのですが、問題はその人と会って、話をして、感じた「自分の無さ」です。

 

 

私は恋愛において、私自身を「カメレオンのような存在」だと思ってきました。相手に合わせて自分の行動を変えていく存在であると。そして、それでいいものだと思っていました。

ただ、その心持ちを続けていくにつれて、自分自身が分からなくなっていることに最近気づきました。恋愛はあくまでも目的。その当時の恋愛が自分の人生を豊かにするものでなければ、捨てるのもまた大事だと。ただ、少し前の自分はそうではありませんでした。恋愛をするために、自分自身を変える。恋愛という行為を目的とすることで、自分の人生が豊かになるかのように思っていました。

その、恋愛そのものを目的とすることもまた一興だと思います。ただ、そうなると、自分が好きな女性というのは一体何者なのか、分からなくなっていくんです。

 

先ほど挙げた話で、恋愛を「手段」としてとらえるのであれば、好きな女性が現れた時に、その人が自分の人生をより豊かにしてくれるのだろうと思って恋愛ができます。

一方、恋愛を「目的」とするのであれば、自分が好意を寄せる対象は常にいなければならない。その好意を向けた相手が本当に自分の人生を豊かにしてくれるのかを知らないまま。恋愛が目的となったら、相手を選ぶ余裕が無くなっていくんです。

 

私は、その4/2の出会いを通じて、自身の恋愛が「目的化」していたことに気づかされました。自分の恋愛経験の無さと、今までに経験してきた別れの辛さ。そして恋愛そのものが目的となっていたが故の、恋愛という行為をしなくなることへの恐怖。それを改めて自覚させられました。

 

 

私は、もう一度原点に回帰すべきだと感じました。

社会に出て、初めての告白と失恋と経験をして以来、ずっと恋愛を求め続けていました。それが恋愛の目的化につながるとも知らないまま。そのスタンスは、今こそ変えるべきなのでしょう。

恋愛をやめるのではなく、来るべき恋愛に備えます。自分が本当に好きだと思った女性がいた時に、私の心身を、自信をもってすべてぶつけられるように準備をしていきます。心身共に精進を重ねていきたいと思います。

 

 

戒めとしてもう一度。

「目的」としての恋愛ではなく、「人生を豊かにする手段」としての恋愛をしていく。いつか来るべき、愛するに値する人が現れた時に、私の全てを自信をもってぶつけられるように精進する。

 

 

最後に、今週の名言を1つ。

「その日、ひょっとしたら、運命の人と出会えるかもしれないじゃない。その運命のためにも、できるだけかわいくあるべきだわ。」

by ココ・シャネル

 

 

それでは、よい一週間と原点を。